審査員講評
新井 清一 (建築家/ARAI ARCHITECTS代表取締役/京都精華大学名誉教授)
本年度の京都デザイン賞の第6部門である、①建築デザイン、②インテリアデザイン、及び③造園/環境デザインにおいて、前述のデザイン領域に呼応する作品が選出された事は好ましく思う。建築、及びそれらをとりまく環境は、視覚、体感はもとより音、触覚、などの感性に関わることと、さらに用途、場所という具体性を伴う事象の相関性を持ちながらに我々、人々に訴えてくるものであろう。それらの場としての空間要素の舞台が何なのかが重要になってくる。その意味において、今回の各作品はバラエティーに富んでいて、楽しく審査を行うことが出来た。
建築部門大賞の「イシダ本社」の舞台の場は京都。その街並み都市、景観であり、まさしく京都の景観条例に呼応する佇まいを魅せている。住宅周辺環境への配慮から、その形態は企業本社の建物なのかと確認したくなるイメージを持っている。ファサードの分節に於いてのエレメントは適宜配置された各種素材による重なり合いにより生み出されている。素材はアルミ、コンクリート、石であり、これらが横ルーバー、庇、塀、そして段丘状にセットバックされた金属屋根が60mの水平方向の流れとして集結している。既存の庭の再配置が施された外部空間と隣接するエントランスホールには、インテリアの杉ルーバー天井が配され、内外の調和された表現が施されている。
市長賞の「「黒」が織りなす空間」の場は、インテリア内部空間が舞台である。プラスティカル(素材感を消すような)な白の建築の対比としての黒の空間は一体どのような空間なのであろう。興味がそそられる。黒を基調とし、10種類もの素材を明暗、光と影、暗闇のキーワード駆使し織り込まれた空間構成は、提出されたパネルから寺院、仏閣の闇をも伺わせる雰囲気が醸し出される。何よりも体感をしてみたいと思わせるインテリアであり、その舞台に居たいなと思える空間の創生研究プロジェクトであろう。
インテリアの部門での入選「伝統工芸とオノマトペ」もグラフィック部門にも通ずる提案ではあるが、プレゼンテーションブース空間展示が舞台であるユニークな提案であった。また、「BAR kingdom」は町屋の改修計画であるが、カウンターを中心としたbarのしつらえを質素に表現した作品であろう。第3部門の入選作品「モザイク」はパーツによる構成で、多様な形態創造の機会を提供する作品。最小の単位から最大のものへのコンセプトに通ずるパーツの提案で、デザイナーはあなたなのですと、試作品を展示されていました。「FLAT KYOTO」は、平面からジョイントを介したテンションにより、京都の盆地山並みを表現したコースターです。「都鶴」は羽をたたみ、水辺で休んでいる鶴のイメージが感じられる作品です。白の緩衝材フォーム、その裏面の黒、そしてキャップの色合いが遠くから見ても都鶴と認知できるでしょう。
滝口 洋子 (ファッションデザイナー/京都市立芸術大学教授)
京都ではこれまでも時間軸を大切にしたデザインが引き継がれてきました。
最近世間で注目されている持続可能な世界への考え方も、京都では伝統や文化を守るなかで無理なく自然と行われてきたのでしょう。それらを現代の暮らしの中で見つめ直し、次世代へと伝えるためのヒントが、今回も応募作品の中にたくさん見つけられたように思います。
学生賞の「めくれるポスター めくりめぐる京都」はめくるという行為によって違う次元の京都を示すユニークな作品です。京都タワーがティラミスに、金閣寺が生八ツ橋に、、と1枚目のイメージを活かしながら全く新しいビジュアルが現れます。おおらかなフォルムと色使いに新鮮さを感じました。
「トートガマ」はがま口とトートバッグが融合したバッグで、がま口の持つコロンとした可愛らしいフォルムを特徴としています。金具ではなく革にマグネット使いの取っ手が大きく開いてA4横サイズが楽に収納でき、何より軽く、どんな服装にもコーディネートがしやすそうです。
「sou•sou 華包」は江戸時代の花傳書から伝わる季節の花の包み方を、現代生活の中に掛け花や置き花として復活させるという華道家の研究会監修の提案です。
1輪の花、1本の枝をしつらえることで演出できる大きな可能性があります。
「kimono kirumono CYCLE PROJECT」では和裁の伝統技術を活かしたサーキュラーデザインへのアプローチです。和服を洋服にリメイクすることはこれまでもありましたが、解いて仕立て直す着物のサイクルの中に洋服も取り込んだところが新しい視点です。展示されたコート以外のアイテムも広く開発されているそうで興味深く思いました。
中島 信也 (株式会社東北新社エグゼクティブ・クリエイティブディレクター/CMディレクター/
中島 信也CM演出家/武蔵野美術大学客員教授)
AIをはじめとしてこれだけコンピュータテクノロジーとネットワーク技術が進化してくるとデザインはいよいよ「発想」と「目利き」の時代に突入するんだな、という実感を持ちます。
「発想」と「目利き」。これは「デザイン」において大切なものは何か?という問いかけにたいして前々から言われてきたことではあります。でもここへきてますます「発想」つまり「何をどうしたいか?」「これはこうしたら良いのではないか?」ということこそが重要で、その実現、アウトプットは電子頭脳やら機械に手伝ってもらったらいつかは可能になるのでは、という感覚が強まっています。
それと「目利き」。これは、どんな手段を使ってるかはともかく、出来上がりにたいして「ええな」「あかんな」という判断をする能力。「良いものを愛でる力」とも言えるかもしれない。この「発想」と「目利き」の重要性。極端に言うと、今やこの「発想」と「目利き」さえあれば、デザインを実現する工作能力は問いません、という世界に突入するのでは、という想像が働きます。
しかし!京都デザイン賞の舞台「京都」。京都の文化と切ってもきれないのが「工芸」。これは千年以上にわたって磨き上げてきた「人の手による匠の技」の結晶。それはもちろん京都に限ったことではありませんが、この「匠の技」の存在が「京都デザイン賞」を考えるにあたって強く意識に上ってきます。
「さすが京都やなあ」と言わしめる「匠の技」をどう捉えていくのか?それはデザインや建築において今後どういう価値を持ち、どう評価していくのか?これはAIやコンピュータテクノロジーの波が押し寄せている京都における産業全体に影響を及ぼす問題として注視したい、と思います。そしてこの波を受けながらも「京都デザイン」がますます豊かなものとして発展することを祈念してやみません。
村田 智明 (株式会社ハーズ実験デザイン研究所 代表取締役)
(大阪公立大学研究推進機構21世紀科学研究センターイノベーション教育研究所 客員教授)
(九州大学非常勤講師/愛知県立芸術大学非常勤講師)
1~5部門の大賞となった「ボクジュール」は、忘れていた墨を擦る行為を喚起させるだけでなく、年代物のワインに価値があるように、墨が時間とともに色や香りが変わるところに目を向けた視点が新しい。持ち手を細くした擦りやすさとワインボトルに見立てたウィットに「ニヤリ」とさせられた。
京都商工会議所会頭賞の「サイドゴア革足袋」は、現代和装を意識した地下足袋だが、皮革の上質感とアウトソールのひらがな文字が地下足袋のイメージを一転させている。ひらがながちりばめられる路面の足跡とそれに反応する人を想像するとこれも「ニヤリ」ではと思う。
入選された「カメレオンバンド」はアップルウォッチ用の革バンド。ただの革バンドが多く出回っている中で、表の手染めの絹友禅と裏の牛革を縫い合わせて、唯一無二の個性を醸し出している。同じく入選された「ひとりじゃないかも」は、鴨川の河川敷の日常の一コマを切り取ったシンプルなグラフィック。対岸に腰掛ける人や川に佇む鳥たち、それぞれはひとりなのに、切り取った枠の中では「ひとりじゃない」って気付かせられる不思議な説得力があるようだ。言葉尻の「かも」にも「ニヤリ」とさせられた。
「ニヤリ」とは、観る人に語り掛ける力があって尚且つ、「へ〜」、「なるほど」、「そう来たか」と共感させ感嘆させること。見慣れた光景には人を立ち止まらせる力が無い、だからこそ、「ニヤリ」作戦が生きるのだと思う。
八木 義博 (株式会社電通zeroエグゼクティブ・クリエイティブディレクター/アートディレクター)
(京都芸術大学客員教授)
今年も京都というテーマで、平面から立体、建築・インテリアと多岐に作品が集まってきており、楽しく審査をすることができました。建築部門の大賞「イシダ本社」は、建築的なクオリティの視点で見ても様々な工夫や新しさがあり、議論を聞いていて感心させられました。また、専門的な知識がなくても感覚的にも良さが伝わってくる仕事だと感じ、そのことは本当に素晴らしいと思います。
もうひとつの大賞「ボクジュール」は墨というある意味では陳腐化している商品にデザインの力で新しい価値を見出していると思います。実際のデザインもサイズ感や持った感触など丁寧に仕事されている仕事で好感が持てました。
京都府知事賞に輝いた「時を超えて・祇園祭 2023」ポスターは、よくある感じの祇園祭の表現に留まらないで、京都らしさやコミュニケーションとして意表をつくことを忘れていない、挑戦とプロの仕事を感じました。
学生賞「めくりめぐる京都」は提案性のあるポスター作品で、とても元気のあるデザインでしたし、他にも「サイドゴア革足袋」やマスキングテープ「参拝マステ」といったユニークな作品が入賞し、粒揃いのラインナップになったと思います。