審査員講評
新井 清一 (建築家/ARAI ARCHITECTS代表取締役/京都精華大学名誉教授)
本年度の京都デザイン賞の第1部門である建築・ランドスケープ・インテリア・ディスプレイの応募数はかなり多く、またどの作品もレベルが高い印象を受けた。この部門の作品は、現物のサイズとしての展示はそのスケール故出来ない。1枚のパネル、模型に依っての表現がなされる。他方、その他の部門作品は現物展示があり、直にその表現、ものとしての対応が伝わってくる。このように、京都デザイン賞の特色は何と云っても、多くの他部門の作品群が同じ審査の机上に於いて選出される事にあろう。その意味で審査には面白みもあり、また反面審査での基準をしっかり持たずとしての評価は難しいと思える。選考された作品群からの選出には特に京都のイメージ,独創性、素材,環境が関連する相関性を基準として審査にあたった。
審査に於いて特記したい点は、大別すると比較的大規模作品群と、住宅・インテリアの小規模な作品群に分けられた。前者はホテル/研修センター等であり、クライアントが企業と推測されるプロジェクトである。根源的な趣向、空間、敷地選定において好ましい環境、素材が与えられている作品群であろう。それらを遺憾無く発揮し、素晴らしいデザインへと向かわせている点が評価される。
他方後者は、小規模な個人のプロジェク、住宅/店舗/インテリアで、その空間性や狭小性とデザインを如何に融合するかの努力が伺える作品群に仕上がっている。
京都府知事賞の「HOTEL THE MITSUI KYOTO」は前者で、移築された築300年の梶井宮門をはじめ、ありとあらゆる施しが空間演出に寄与し、京都のお迎えの場、といえる雰囲気が感じられよう。
審査員賞の「下鴨の共庭住宅」は後者で、共有の庭(オープンスペース)を中心に配しながらも、プライバシーを保つ空間を絶妙に配したゾーニングへの配慮が伺える。
学生賞の「歩ク 読ム 考エル」は、哲学の道、疏水と内部空間を融合させた中間領域の創造が好ましく思える作品である。
このように俯瞰してみても各々の作品が、デザイン意図は違いつつも、京都という独特な魅力を遺憾なく醸し出しているのは一目瞭然であろう。
滝口 洋子 (ファッションデザイナー/京都市立芸術大学教授)
今年は例年にも増して応募数が多く審査は時間を要しましたが大賞の「現代の洛中洛外図屏風」の映像音楽をBGMに雅な雰囲気のなかで行われました。
全体的な印象として、循環型のデザインやシステムの構築に取り組んだ提案が増え、デザインや生活に対しての意識が変わりつつあるという実感がありました。これらのデザインはひとつの部門に留まらないことも多くトータルな表現力が求められます。京都デザイン賞の審査(すべての部門を全員で評価する)のような多視点がこれからのデザインにはさらに必要となるのでしょう。
商工会議所会頭賞の「八百屋なの」は農家と消費者をつなぐ持続可能なデザインシステムです。規格外で流通しにくかった地産の旬野菜などをさまざまな工夫により低価格で提供し、生産者と消費者のインタラクティブなつながりを目指すことでSDGs問題に自然な形で取り組んでいます。
「お菓子になったテキスタイル」は「カワイイ 美味しい 楽しい」をコンセプトにお馴染みのテキスタイル柄がお菓子に生まれ変わりました。誰もが笑顔になりつい手を伸ばして会話がはずむことでしょう。ひとつひとつのお菓子の愛らしさとパッケージ等細部まで徹底したデザイン力により強いブランド形成がされています。同社からはほかにも入選作品が数点ありますが他社との協業のなかでもオリジナリティ溢れるオンリーワンの世界観は特別なものが感じられました。
「きもの地サシェ」は薄くシンプルな形が新鮮でたくさんの中から選ぶ楽しみがあります。
中島 信也 (株式会社東北新社代表取締役社長/CMディレクター)
中島 信也(武蔵野美術大学客員教授)
みなさま、2021年はどんな一年でしたか?ぼくにとってはそれはそれは怒涛のような一年でした。ただ一つ言えることは「動き出したんちゃうか」と感じられた一年やった、ということです。2020年、今から思うとフリーズさせられた、無理やり止まらされた一年でした。京都デザイン賞も昨年、五里霧中のなかクリエイターたちは、用心しながらおそるおそる作り上げたものを出してくれました。今年はどやろか?ちょっとだけ心配しながら審査会場に向かったんですが、会場に足を踏み入れた瞬間「動き出したんちゃうか」という感覚を持ちました。
くしくも大賞に選ばれたのは映像を中心に据えた作品。動き出したんです。映像をデザインする、というのは「時間軸」というものをデザインする、ということです。大賞受賞作「現代の洛中洛外図屏風」はこの時間軸のデザインが秀逸です。そのベースにあるのは16世紀に作られていた洛中洛外図。京都の様子を活写した6枚綴りの屏風絵です。この屏風の世界観に実写、CGアニメーションを巧みに織り込んで500年にわたる京都の時間軸を6枚の屏風絵サイズのサイネージに丁寧に描き出しています。止まっているはずの屏風絵が動き出しています。
ほかの受賞作も含めていよいよ京都がふたたび「動き出したんちゃうか」久しぶりに明日の明るさが感じられた審査会でした。
久谷 政樹 (グラフィックデザイナー/学校法人瓜生山学園京都芸術大学名誉教授)
京都デザイン賞2021の本審査が終わりました。応募点数が約3割増えたこともあって、ちょっと疲れましたが、審査は充実したものでした。
本年度の応募作品のなかで、特に印象に残った作品が2点あります。1点は大賞の栄冠に輝いた[第5部門]映像作品「現代の洛中洛外図屏風」です。実物大の六曲金屏風をスクリーンに、プロジェクションマッピングで映像が投影されるのです。ありそうで、なかなか思いつかない発想ですね。
風神雷神。光琳の紅白梅図をイメージしたと思えるパターンが、CGグラフィックで美しく、荒々しく、また、ゆったりとした調子で投影されます。現代の祇園祭の実写も加えられとても分かりやすい構成になっています。特に新しい技法や表現はありませんが、アートとデジタルが合体した完成度の高い作品に仕上がっています。
もう1点は市長賞を獲得した[第4部門]クラフト作品「和眼鏡」は、眼鏡のリムが「あっ光琳梅だ」。と思い、見てすぐに一目惚れしてしまいました。しかし、ここまで花びらの細い光琳梅は見たことがない。その上眼鏡の素材が竹だと知り、さらに驚きました。なによりも細さを求めた技術力の高さ、細部のデザインにこだわった眼鏡の姿が素晴らしいと思いました。
村田 智明 (株式会社ハーズ実験デザイン研究所 代表取締役)
(大阪府立大学研究推進機構21世紀科学研究センターイノベーション教育研究所 客員教授)
(九州大学非常勤講師)
COVID-19禍の中で開催されたにもかかわらず、応募総数が3割アップになったことは、巣籠りの影響もあったのだろうか。自分たちの生業をもう一度見直したような、内省思考から生み出された経緯が多くの作品にみられた。そして、それらは過去の京都風ではなく、「らしさ」だけを受け継いだ雅と粋と革新に京都DNAを継承している。京都人は真似をしない。自分たちのルーツの中に次なる革新を見つけていく稀有な風土があるのかもしれない、そんな印象の強い2021審査会だった。
ソシエテ ヌーベル リュネト視覚研究所は、2つの受賞となった。京都市長賞の梅輪の和眼鏡は、梅の花弁を眼鏡淵にあしらった造形で伝統的な和柄のようにも感じるが、実は今までにないデザインで洋にも和にもない革新。それでいて、眼鏡をかけると違和感なくその人を知的な文豪に見せてしまう魔法鏡だ。テンプルは竹を熱処理によって捻りを加え、塗立てを施しているので自然素材のフィット感と軽さが肌で感じられる。パッドはボタンの工芸品のような蝶貝で、一見して肌あたりが痛そうに見えるのだが、掛けてみると全く滑らず、装着感がいい。細部にまで配慮された実用工芸道具だ。
また、和文具賞の雲クリップは、平等院の雲中供養菩薩が乗る雲文様のように、私たちアジア人が描く雲のアイコンそのもので懐かしくも新鮮だ。金属板に槌目を施したことで、立体的な凹凸表現が工芸品としての質感を高めている。
審査員賞のトジハコは、和綴じ製本の手法を応用した小物入れ。友禅和紙を手染めでボール紙の上に貼っているので、工芸品としての存在感がある。でも、それだけでない魅力は畳んで平たくなる変化だ。コンパクトに運んで移動先で収納容器に代わるという実用性より、贈る人に何だろうと思わせ、開いて分かる粋を伝えるパッケージ構想が秀逸だ。