新しい京都のデザインを創出


審査員講評

久谷 政樹 (グラフィックデザイナー・京都造形芸術大学名誉教授)

 今年、日本のデザイン界は大揺れに揺れた。2020年に開催される東京オリンピックのメーンスタジアムのデザイン。そしてもう一つはエンブレムのデザインである。連日のようにメディアに建築デザイナー、グラフィックデザイナー、アートディレクターという文字が躍った。騒動は一応収まっているように見えるが第2幕はこれからだ。しかし、テーマの設定がまだ見えてこない。それは審査基準で最も重要な問題でもある。
さて、本展「京都デザイン賞2015」の審査の基準であるが、私は次のように解釈し、審査に当たった。
 一口に言えば「伝統に学び伝統を否定する」新しい表現が試みられているかどうかである。
 大賞の「京都銀行西七条支店」は銀行のイメージを一新させるもので私の審査基準に合致した。これまで銀行の建物は、堅実、信用、安心を重んじた無難でかたぐるしい何の個性も持たないデザインになりがちであったからだ。一番の視覚的特徴は圧倒的な面を持つ美しい大瓦屋根だろう。また、大屋根だからこそ可能な豊かな軒先空間は日本の優れた生活空間を連想させ、外と内を柔らかくつなぐ仕組まれた伝統建築空間であり、人々を包み込むような心理的配慮も込められている。かつて京都の町は瓦屋根で覆われた美しい屋波を形成していた。私は今も残るフィレンツェの黄色い瓦屋波のように、京都の町に瓦屋波景観の復活を望んでいる。

滝口 洋子 (京都市立芸術大学教授)

 今回の審査では京都から海外マーケットに向けての意欲的な提案がいくつかみられました。京都の伝統産業の技術力・意匠力の高さはここに述べるまでもないのですが、それらの技術のコラボレーションの試みに可能性を感じました。今後さらに現代の生活に相応しいオリジナリティあるデザインへと展開されることを楽しみにしています。
 第2分野は出品点数があまり多くないことが残念でしたが、入選された「からげ帷」は活動的で完成度も高く評価が集まりました。帯やボトムとセットでの提案であれば入賞の可能性も高かったのではないでしょうか。
 デザインは人を含めすべての生あるものの豊かな生活を目指してその対象をますます拡張しています。作品として完成されたモノだけでなく近年増えつつある分野を越えた社会的な活動なども積極的に評価するしくみを考えていければと思います。

村田 智明 (株式会社ハーズ実験デザイン研究所 代表取締役)
      (京都造形芸術大学大学院SDI所長・プロダクトデザイン学科教授)

 京都銀行西七条支店は、大きくなだらかに続く瓦葺きの切妻屋根が京都らしい町並みに貢献しています。フランチャイズ店舗の乱立で日本の街が均一化する今、地域の感性ポテンシャル~その地の差異を生み出す創意が、その地を活性化してくれるエネルギーとなるのです。この作品は大賞に相応しい地域課題解決の提案性に満ちているとして評価いたしました。また、西都教会の美しさにも息をのみました。無機質な壁に囲まれた有限空間の礼拝堂とは対比的に、覆いかぶさるような構造の天井に映り込む自然光が無限の広がりを生み出し優しく降り注いでいます。天を仰ぐ目線が綿密に計算された、ミニマルな空間だけが創りだす静心神秘的な空間設計が京都の精神文化的な一面を醸し出しているのです。紙風煎茶は、茶葉を包むティーバックフィルターがキャラメル折になっていて、伝統的折り紙文化を生かした現代的用途感覚に提案性が高いとして評価しています。柔らかい茶葉をどうやって自動化でキャラメル状に包むかが解決できれば、商品化へ拍車がかかるでしょう。クリスタルローズの食用金箔は、お茶に浮かべる花びらや富士山などの切り抜き金箔。その一時を最大限にもてなす茶の湯の心を現代に生かし、京都らしい至極の時間を贈る「行為のデザイン」が体現されています。SMART STANDは、デスクでiPhoneの画面を見るためのスタンド。ステンレスのパイプを回転させながらレーザーカットし、その後バレル研磨しているため材料ロスが殆どなく金型も要らないのでエコ、またオーダーがあってからでも作れるので、在庫リスクもないという製造面での優れたアイデアです。このように製造面を優先させるとデザイン性が損なわれるのが通常ですが、京都らしい品性を備えたデザインとなっています。縦置き時の転倒については、パイプ直径を大きくすることで製品化が可能となるでしょう。

新井 清一 (建築家・京都精華大学教授)

 京都デザイン賞2015の応募状況についてのコメントとして、私が担当分野の建築・ランドスケープ・インテリアデザイン・ディスプレイの応募が多かった事が掲げられます。勿論私としては好ましく、願ってもない事なのですが、他方京都デザインの主流をなすべき他の分野の応募が、比較的少なめであった事はこれからの課題として積極的に推進したいものです。何と云っても京都はそのイメージからして、世界に通用する
”The Kyoto”ブランドの世界を発進出来る可能性を内包しているはずです。
 審査に於いてはいつもながら、多くの分野の作品、製品、計画、アイデア等を審査基準をベースとしながら、俯瞰して審査に望む事を心掛けました。
大賞の「京都銀行西七条支店」は、いわば銀行(店舗)としてここまでデザインを重視し、環境また京都を意識し完成に至ったかを評価したいと思います。極端に低い軒先を持つ瓦のテクスチャーを視覚レベル迄意識した大屋根、一見無駄の様にも解釈されがちな街と内部空間の間のパブリックスペース、そして適宜配慮された植栽、これらが醸し出す空間は既存の銀行のイメージを払拭していると思えます。
 「西都教会」中庭空間の創造に寄与している断面を持つこの空間は、光の取り入れ方が素晴らしい作品です。「清香庵」は、いわゆるモバイル・セッティングではあるが、その組み立ての簡易性、ディテールの繊細さは感嘆に値するでしょう。
 学生作品として2点私見を述べると、学生賞の「Kyoto Nijo Hotel」案は大屋根のフォルムを大胆に組み込んだ建築とパブリックスペースとしての大階段を都市の中に提案した案であり、このような大胆な案が学生達の間から今後も持ち上がってくる事を期待したいと思います。「module 978」は京都の都市計画から波及した京畳のサイズをモジュールとし、新しい提案を示唆する計画として興味を覚えます。
 他の分野の作品としては清酒ラベルに空間を感じた「浮」の提案、かわいいフォルムが茶の中で浮遊するであろう「紙風煎茶」が目に留まった作品でした。

中島 信也 (株式会社東北新社取締役/CMディレクター、武蔵野美術大学客員教授)

 全国に先駆けて「京都市市街地景観条例」が制定されたのは今から40年以上も前の1972年です。それから33年後「日本が世界に誇るべき至宝とも言える京都の優れた景観が、高度経済成長期以降、とりわけバブル経済期における都市開発の流れの中で、そして失われた10年を過ぎてもなお、今日、市民、事業者、行政の懸命な保全・再生の努力にもかかわらず、忍び寄る破壊により変容し続けてきた」(京都市hpより) との認識から「京都市景観計画」が策定されました。デザイナーはこの意識を共有し、あるべきかたちを模索し続けています。この意識は「景観」というものに直接関与する建築に始まり、生活者の環境を形成するすべての「デザイン」に波及していくべきものだと思います。
 そこで同計画の冒頭に掲げられた二つの文章に使われている「景観」という言葉を「デザイン」に置き換えてみます。「山紫水明と称えられる豊かな自然と1200年の悠久の歴史に育まれた歴史都市・京都の美しいデザイン」「50年後、100年後も京都が京都であり続けるため(中略)時を超え光り輝く京都のデザインづくりを推進していく」となります。こんなに志の高い目標を掲げる街は他にはありません。さすが京都です。
 そう考えると、建築、プロダクトデザイン、パッケージを含むグラフィックデザインが一堂に会するこの「京都デザイン賞」は、単なるアワードとしてではなく、京都に関わる様々な分野のデザイナー達が「この大切な意識を共有する機会」としての意義を持つ、大変貴重なプロジェクトだと言えます。受賞作はこの大切な意識をかたちにしたものです。今回の大賞は大賞にふさわしいスケールの大きな仕事ですが、入賞作の中に規模こそ大きくありませんが「京都に住み、自分が生活する街として京都のかたちを考えていこう」という意識が強く現れているものがたくさん見つけられると思います。
 京都デザイン賞の目的は単に賞を獲得する為だけにあるのではなく、この審査会、集いをとおして「時を超え光り輝く京都のデザイン」を考え、つくり出していくことにあると強く思いました。